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校長先生のお話

六甲学院高等学校 卒業式 校長式辞

《2022年3月5日 高校卒業式 校長式辞》

 

1 コロナ禍・ウクライナ戦禍と生き方の軸の模索

79期生のご卒業、おめでとうございます。2年前の政府からの突然の一斉休校要請に始まり、今回のオミクロン株の感染流行に至るまで、皆の高校生活のうちの2年間はコロナウィルスに翻弄され続けました。そのコロナのパンデミックに加えて、10日前のロシアのウクライナへの侵攻によって、世界はますます混迷の度合いを深め、不確実で不透明な時代を今後も生きざるをえない状況になっています。そうした時代でも懸命に重篤なコロナ感染者を救おうとする医療関係者や、戦争に反対し平和の回復を願う世界の人々の連帯の動きなど、人間の尊い行動に目を向けることも忘れてはならないと思います。社会も個人も危機的状況の中で、何を生き方の軸とし、一旦へこんだ心をどう回復させて、経験を次の糧にしていくか、おそらくこの2年間の中で皆が問われたことでもあり、まだ模索中の人もいれば日々の生活や行事の中で何らかの手立てを見つけ出した人もいるのではないかと思います。

79期生が担った2大行事のうち文化祭は映像の配信が中心になり、体育祭は午前中の実施という形にはなりましたが、それぞれを制限された範囲でアイディアを出し合い創意工夫しながら実行していました。特に体育祭は、その一年前に実施できなかった78期の卒業生たちの思いを受け継ぎつつ、まずは練習ができることに感謝しようと全校生徒に呼びかけながら、精一杯取り組んでいた姿が印象的でした。実は、この「感謝する」気持ちは最もポジティブな感情で、逆境や危機に直面していたとしても「感謝」の感情を持つことができたときには、すでに危機的な状況からは一歩抜け出し立ち直っていると言われています。体育祭委員長は、逆境から抜け出す手立てを全校生にメッセージとして伝えてくれていたとも言えるでしょう。

 

2 79期生の『カラマーゾフの兄弟』の授業

私は授業を担当したことのない学年ではありましたが、印象に残る授業はあります。高2の2学期後半から3学期にかけて、継続的に参観した現代国語の青柳先生の『カラマーゾフの兄弟』の授業です。今日の卒業式の生徒参加者は(コロナ感染対策のため他学年が参加できず)、この小説を読んだ経験のある79期生ですので、この小説を題材にして、話をしたいと思います。

一般的に言えば、高校でドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』のそれも「大審問官」の場面を、授業で扱うのは無謀です。しかし、内容的にも難解な箇所を丁寧に熟読しつつ、解釈の根拠を探し比喩を的確に言い換えながら、筆者の“イイタイコト”を掴み、正当な解釈を導き出す現国の授業として、しっかりと成り立っていました。おそらくグループ発表に当たって、テキストの記述に即してお互いの解釈を出し合い、グループとしての解釈を作り上げてゆく知的な面白さを感じた生徒は多かったのではないかと思います。青柳先生がご家族の事情で東京の学校に転任されることは知っていましたので、私からは、「正確に文章を読み解く授業としてならば、東京に行っても、『カラマーゾフ』を使って同じような授業は可能なのではないでしょうか?」と先生には申し上げたのですが「いや、カラマーゾフの授業は六甲の生徒でないとできないんです」という答えが返ってきました。

授業が進むにつれて、その意味が私なりに少しずつ解ってきました。あくまでも授業は国語としての解釈の授業であり、書かれている文章を根拠に正解を探っていくのですが、時に文字面(づら)だけ、表面的な言葉の意味を理解するだけでは、作者ドストエフスキーが本当に表現しようとした内容までは届きません。特に青柳先生が選んだ「大審問官」とその前の章は、キリスト教の思想というよりは人間としてのイエスがどういう人か、その心もわからないと解釈が根本からズレて、見当違いの表層的な理解になってしまう可能性がある箇所です。六甲の生徒たちは、たとえイエスについての知識は多いとは言えなくても、六甲の生活で、例えば弱い立場の人たちへの共感や、だからこそ生まれて来るこの世界への疑問や、権威を持った人の横暴さへの怒りや、対立の中で和解を望む心や人をゆるすことの大切さと難しさなどを体験しています。学校生活の中でのその共通体験が、こうした深い内容の小説の解釈にも生きてくるように思います。

例えば「人間に『自由』が与えられても、地球上に皆のためにあるはずの食べ物をうまく配分できない」という大審問官の指摘は21世紀にいたるまで本当です。「パン」-つまり生活の糧-を有り余るほど与えられている一部の富裕層が、自分の自由を行使してますます富み、貧しく飢えた人たちに生活の糧が配分されないために格差がますます広まってゆくという現代的な問題を、すでにイワンが描く大審問官は鋭く指摘しています。そうした世界の課題や疑問が、授業や社会奉仕の諸活動の中で生徒の間に共有されているからこそ、また、社会の矛盾や人間の弱さへの洞察を、授業や活動を通して経験しているからこそ、書かれている内容や登場人物への共感も生まれますし、共に解釈を真剣に考え合う場も生まれるのではないかと思います。

 

3 世界の理不尽さに苦しむ人々への共感からのキリスト教教育

そうした共通体験は79期生だけではなく、在校生も同様にしています。学年末考査一週間前でも、ロシアのウクライナ侵攻について、いくつかの学年では新聞などを用いながら考える授業をしていました。そうした授業を通して権力の横暴さやこの世界の理不尽さを知ることになります。

例えば、キエフの街で10日前までは普通に日常を平和に暮らしていた小学生の女の子が、その2日後には地下壕の中で、「爆弾のドーンという音で目が覚めた。今戦争が起こっていることはわかっている。死にたくない。」と涙を流しながら訴えています。その姿は、カラマーゾフの兄弟の中で「どうして罪のない子どもまで苦しまなくてはいけないんだ」というこの世界の理不尽さに対してのイワンの疑問とつながります。そして、彼の創作する大審問官の物語の中でイエスは終始無言ではあっても、大審問官への態度からは、無垢な人々が苦しむこの世界に根本的な疑問を持つ人間に、苦しみに無関心な人々よりも、共感し受け入れようとしているように読み取れます。それは、イエス自身も強大な権力による横暴さのために死に直面し、その理不尽さを丸ごと経験したうちの一人だからです。

六甲学院は、一般に言う「ミッションスクール」のイメージとは違って、一緒に声を合わせて祈りを唱えたり聖歌を歌ったり、校舎の中に十字架や聖像などを置いたりしない学校です。教えとして系統立てて、キリスト教について学ぶ機会もほとんどないかもしれません。しかし、知識としてそれほどイエスことは知らなくても、気づかぬうちにイエスの生き方や思いと通じる種が心の中に蒔かれて、いつの間にか育っているように思います。その共通の土壌が、「カラマーゾフの兄弟」の授業であれば、作者ドストエフスキーの伝えたかったメッセージをある程度の深みをもってつかむことにもつながり、解釈の表現の中にも自然に表れて来るのではないでしょうか。青柳先生のおっしゃる「六甲でなければ成り立たない授業」というのは、一つには、そういうことなのではないかと思います。

 

4 危機の中で心の支え・生き方の軸を見出すために(3つのヒント)

コロナ禍の中で、世界的な危機でもあり、時には個人にとっても精神的な危機でもあったこの2年間は、初めに話したように、何を支えにしてどう乗り切るかを問われていた時期であったと思います。危機を乗り切る手立てを探るヒントとして、「カラマーゾフの兄弟」と関連させながら最後に3点話したいと思います。

 

  • 希望をもたらす人と出会うこと

一つ目は、イワンにとって心の支えになるアリョーシャのような存在に出会ってほしい、または誰かにとってのアリョーシャのような人物になることをめざしてほしいと思います。

イワンは弟のアリョーシャに「大審問官」の物語を話した後に次のように言います。「もしほんとうにぼくに若葉を愛するだけの力があるとしても、おまえを思い出すことによってだけ、ぼくはその愛を持ちつづけていけるんだ。おまえがこの世界のどこかにいると思うだけで、ぼくは生きて行く気力をまだなくさずにすむんだ。」(江川卓訳)

どんなに理不尽な状況下にあっても人間らしさや善良さを失わない人物、人間関係がどれだけ険悪な最中でもより良い方向へむかうよう努力する人物、こういう人がいるから人間に対して失望しきらずに生きてみようと思える人物、そういう人物に出会ってほしいと思いますし、できれば、六甲を卒業する一人一人が、他者に生きる希望や気力や元気さをもたらす人になってくれることを願っています。

 

  • よい思い出を共有する仲間とつながり続けること

二つ目は『カラマーゾフの兄弟』の最終章に、アリョーシャが中学生たちにひとまとまりの話をする場面があります。アリョーシャが、暮らしてきた街を出て行くにあたって子どもたちとの別れのあいさつをする場面です。もしも、『カラマーゾフの兄弟』を最後まで読んでいないのであれば、大学に合格したらぜひ読んでみてください。アリョーシャは物語の終わりに次のように話します。

「子どもの頃から持ち続けられている、何かすばらしく美しい、神聖な思い出、それこそが、おそらく、何よりもすばらしい教育なのです。もしそのような思い出をたくさん身につけて人生に踏み出せるなら、その人は一生を通じて救われるでしょう。そして、そういう美しい思い出がぼくたちの心にはたった一つしか残らなくなるとしても、それでもいつかはそれがぼくたちの救いに役立つのです。」

よい思い出を共有できる仲間がいることは大切です。仲間とのつながりも、その仲間との思い出も、支えになりますし、アリョーシャが言うように、そういう大切な思い出が一つでもあれば危機的な場面でも自分の「救い」になりうると思います。卒業式予行の日に配られた卒業アルバムは、そのための役にも立つでしょう。

6年間をともに過ごした仲間とのつながりと思い出を、大切にしてもらえたらよいと思います。

 

  • 与えられた命を人のために活かす‐「使命」に気づくこと

三つ目に紹介したいのは、高名な医師であり105歳まで生きて2017年に亡くなられた日野原重明(ひのはらしげあき)さんの話です。1970年、58歳の時によど号ハイジャック事件に巻き込まれて、命の危機を体験されています。犯人たちは乗客を人質にとって、北朝鮮の平壌(ピョンヤン)へ向かうように要求します。朝鮮海峡上を飛んでいるときに「平壌(ピョンヤン)までは時間があるから読み物を貸す」と犯人の一人が言ったその読み物リストの中に『カラマーゾフの兄弟』があったそうです。飛行機は平壌(ピョンヤン)まで直には行かず韓国の金浦空港に着陸して日本の政府とハイジャック犯たちとの折衝が始まり、日野原さんは4日間飛行機の中に拘束されます。もしも韓国軍の部隊が操縦室に突入して犯人たちを撃破しようとすれば、犯人たちはダイナマイトで自爆して、乗客たちは巻き添えになる危険性がある。そういう命の危機の中で日野原さんは犯人から『カラマーゾフの兄弟』を借りて、特に危険度の高まる夜間に、心の平静を保つためにこの小説を読んでいたといいます。

日野原さんは『カラマーゾフの兄弟』の扉ページ冒頭に引用されていた聖書のことば  「一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる」(ヨハネによる福音書12章24節)という一節を読んで「今ここで僕のいのちが失われたとしたら、自分の死は、果たしてその麦のように多くの実りをもたらすごとができるのだろうか。僕はそのことを自分自身が問われているように受け止めた」といいます。そして、当時の政府高官の一人が乗客の身代わりになるという折衝の結果、拘束から4日目に乗客全員が解放されました。日野原さんは金浦空港の地面に足をつけた瞬間、無事生還した感激とともに、「僕は再びいのちを与えられた」という「感謝」の思いが強く沸き起こったそうです。そして「これからの僕は、与えられたいのちを生きる僕なのだから、誰かのためにこのいのちを捧げよう、そういう気持ちが自然にわいてきた」といいます。「一時は失われることも覚悟したいのちが再び与えられ、こうして地球の地面を踏むことができた。僕はその恵みに対して、自分の名誉などのためではなくて、人のために何かをすることこそが使命だ、と素直に思いました」とも述べています。日野原さんはその後の人生を「第二の人生」というほど、この出来事が大きな転機になりました。

 

今回のコロナウイルスパンデミックのように、危機に直面することは辛いことではありますが、次を生きるための新しい人生観に気づく契機にもなりうるのではないかと思います。

自分の命は与えられたものであり、その生命を終えるときには豊かな実をむすぶような、人のために何かをする使命が与えられている、そうした気づきが得られたとき、また自分の使命が何かを自覚できたとき、それはこれからの危機を乗り切るための力にもなるだとうと思います。キエフの地下壕で「死にたくない」と訴えている女の子のために何ができるか、それは小説の中の問題ではなく現実の問題です。最初に述べましたように、ますます混迷の度を深めてゆく世界の中で、だからこそこの世界のため、人のために自分にできる何か、自分にとって生きる意味であり使命と言える何かを、79期生一人一人が見つけ出してくれれば、と願っています。