メキシコの空はすみわたっているのか
6月は子ども頃から憂鬱な月でした。じめじめしている、心まで湿っぽくなる、夏にはまだ遠い、祝日がない、歯科検診が行われ虫歯が見つかる、ああ梅雨入りです。歯の健康週間も終わりました。さて豪雨の六甲山麓から太陽の国メキシコの作家バレリア・ルイセリの『俺の歯の話』を紹介しましょう。「俺の」という言い回しがいいですよね。さすが松本健二氏の翻訳です。「俺のフレンチ」を展開する「俺の株式会社」とは関係ありませんけどね。
奇妙な話です。ハイウェイ(俺)が世界一の競売人をめざして、自分の歯を抜かれたり、作ったり、競売にかけたり、奪われたり、取り戻したり。そんな男の生涯の物語です。もちろん競売にかけるのは歯です。ハイウェイに自伝を書くように依頼された若者が、ハイウェイを回想する章(第六の書)は写真入りです。最後の章(第七の書)はハイウェイの年表です。そして「あとがき」で著者が語る物語の制作の全貌。ジュースメーカーがメキシコシティーの郊外に現代アートの美術館を持っています。そこでの「狩人と工場」という展示会のカタログに書かれたのがこの作品です。(もっと仕掛けがありますけどね)「訳者あとがき」では、その美術館のウェブサイトで過去の展示を見ることができるので、「狩人と工場」を見てほしいとあります。実験的な手法を使った小説ですが、わかりにくい内容ではありません。自分のもっている少しだけ知的な部分を刺激されようなおもしろさもあります。へへへ。メキシコというと、麻薬やゲリラを想像しますが、魅惑的な芸術文化の創造の土壌があります。反知性主義のお隣の大統領は国境に壁を作っていますけどね。メキシコに行ってみたいなあ。
細野綾子氏の装丁も素敵です。