『鹿の王』を読んでみよう
著者は、昨年国際アンデルセン賞を受賞、本書では2015年本屋大賞を受賞しています。
架空の国、東乎瑠王国で起こる領土問題、民族問題、感染症の脅威、それに立ち向かう人びとの物語です。
東乎瑠王国の岩塩の洞窟では奴隷たちが労働を強いられていました。ある日、岩塩の洞窟が野犬のような群れに襲われます。その直後から謎の病気が発生し、奴隷のほとんどは亡くなりました。人びとは恐怖におののきます。主人公である奴隷のヴァンは生きのびて、脱走します。一方、もう一人の主人公ホッサルは謎の病を究明する研究者であり、人びとを助ける医者です。
本書は医療への興味を喚起したということで、「日本医療小説大賞」も受賞しています。まだ終息していないエボラウイルスによる感染症や、昨年の夏に流行したデング熱を思い出させます。ホッサルは感染症の原因がどの動物を宿主としているのか、家畜を媒介とするのか、ダニなどの小さな生物が媒介するのか、人間への感染ルートはどうなっているのか、と究明を続けます。新薬を試し、その副作用を患者に説明する様子は、まさに現在のインフォームドコンセントです。
このように医療ミステリーのような展開をしながら、主人公たちが直面する問題に別の物語が見えてきます。ヴァンは病気で亡くなった妻と息子のことを繰り返し思い出し、自問し、ホッサルにもその問題をぶつけます。「なぜ、助かる命と助からない命があるのか」と。自分の体でありながらよくわからない「ヒトの体」のこと、生命にとっての死とはなにか、をファンタジーの世界で片付けることなく、主人公たちに悩ませて、考えさせています。中学生には難しい生命観かもしれません。読みすすめるとホッサルとヴァンの性格や行動に好感がもてるようになると思います。それだけで十分です。彼らに心を添わして読んでください。
二転三転する下巻、権謀術数うずまく王国で、感染症の拡大に意外な人物が関わっていたこがわかってきます。幕切れの残光は美しくもあり、悲しくもあり。私は消えた主人公の面影をいまでも追っています。
さて、参考にしてほしい本を紹介します。
感染症に関して
岩田健太郎『絵でわかる感染症withもやしもん』
岩田健太郎『「感染症パニック」を防ぐために』
著者があとがきで紹介した本
フランク・ライアン『破壊する創造者』
柳澤佳子『われわれはなぜ死ぬのか』
トナカイについて
煎本孝『カナダ・インディアンの世界から』『北の民の人類学』
(煎本先生は本校の卒業生です)
物語のなかには乳製品がよく登場します
平田昌弘『人とミルクの1万年』
写真を見てイメージを膨らませましょう
『原色日本地衣植物図鑑』(こちらは禁帯出なので、館内で見てください)
(地衣類が創薬のヒントに)
以上は学習センターで所蔵しています。
上橋菜穂子さんの掲示物を学習センター前に貼り出しています。見てください。