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校長先生のお話

六甲学院中学校 88期生入学式式辞 校長講話

《2025年4月7日 六甲学院中学校 88期生入学式式辞 校長講話》

 

  真の正義と希望を生きる人へ-やなせたかしさんの人生観から  

 

188期の入学式-長い急坂を登って満開の桜の中で

 新入生の皆さん、六甲学院中学校へのご入学、おめでとうございます。

 保護者の皆様、ご子息の六甲学院へのご入学、本当におめでとうございます。

 神戸の高台にある六甲学院では、ちょうど校内の桜が満開の美しい季節に、入学式が迎えられることを、たいへん嬉しく思います。新入生の皆さんは、六甲学院の88期生となります。

 4月3日の入学オリエンテーションの初日に出会った一人の新入生は、六甲山の山裾にあるこの学校までの急な坂道を、重い荷物を背負いながら登り終えて、息を切らしつつ一階の西広場の階段前まで来て、教室に入るまでにもう一休み必要そうな様子でした。この新入生以外にも、おそらく「この長い急坂を、こんなに重い荷物を毎日背負いながら、通い続けられるだろうか?」という心配をするところから、六甲学院での学校生活が始まった新入生もいるのではないかと思います。それでも一ヶ月、二ヶ月と登り続けているうちに、途中で休まなくても登れるようになり、友人と通学路を上り下りする時間が楽しいものとなってゆくことでしょう。そしていつのまにか、この通学路を通っているだけでも、多少の事ではへこたれない体力と気力を獲得する日がきっと来ると思います。

 

⑵ 居場所や思い出の場所になる恵まれた六甲学院の教育環境

 この学校には、広々とした土のグラウンドと人工芝のグラウンドがあり、体育でも部活動でも休み時間の遊び場としても使われています。蔵書が約7万冊あって、読書や探究学習や自学自習や映像鑑賞ができて、ながめも素晴らしい学習センターがあります。理科については、物理・化学・生物など教科ごとに実験室があります。遊び場とも憩いの場とも学習の場ともなる、庭園と呼ばれている一周500mほどの小山があります。本校舎南側の別館には美しい庭があり、カト研と呼ばれているグループのための部屋があります。講堂には演劇や音楽演奏ができる舞台があり、バレーボールやバスケットボールやバドミントンなどができる体育館があります。この学校での6年間の中でしっかりと学び知性を伸ばすとともに、自分が気に入る居場所や思い出に残るような場所を、ぜひ作ってほしいと思います。

 

⑶ 世界に視野を広げ、出会いと経験を通して将来の理想像を探す

 健康で元気な体力・気力を身につけ、しっかりと学習に励みつつ、学校の中で自分の居場所を見つけて下さい。そうしたことと共に、新入生に願うのは、6年間のうちで自分がこんな人になりたいと憧れられるような理想像を見つけ、一生のうちでこんなことをしてみたいという何かを見つけることです。そのために自分から様々な出会いと学びの機会を生かして、視野を広げてほしいと思います。これまで小学校時代は新型コロナの世界的な流行の中で、一方的に日常生活が制約されるような影響を受ける経験はあったかと思います。これからの中学高校時代には、関西を離れ、日本を離れて、広い世界に目を向けて、被災地と防災、戦争と平和、貧困と正義等について、直接的な出会いや学びを通して、深く知る経験を積んでほしいと思います。中学での海山のキャンプ、フィールドワーク、東北研修、高校での海外研修・進路研修や6年間の社会奉仕活動の機会をぜひ生かしてくれたら、と思います。そして、この世界をよりよく変えてゆくために自分は将来何ができるのかについて、経験を通して深く考えられる人になることを願っています。

 

⑷ 理想像のひとつとしての「アンパンマン」と作者の人生観

 4月に入るとNHKテレビ小説も新しくなり、先週から「あんぱん」という「アンパンマン」の生みの親である漫画家やなせたかしと奥様の物語が始まっています。子どもたちにとって、物心がつく頃から最初に好きになる絵本の主人公の一人は、このアンパンマンなのではないでしょうか? 実はアンパンマンは子どものための絵本やアニメの中のヒーローであるにとどまらず、青年や大人になっても自分が大切にしたい理想像のひとつとして、公言はしなくても心の内に持っている人は、少なくないのではないかと思います。

 そして、アンパンマンの困っている人への優しさも、決して強くてカッコいいわけではないこのヒーローを作ったやなせたかしさんの人生観も、六甲が大切にしたい価値観と相通じるものがあるように思います。また、やなせたかしさんの戦争体験から発せられる言葉には、悲惨な戦争が止まない現代世界の中で、大事にすべき内容が含まれているようにも思います。六甲に入学した88期生にとって、世界に目を向けて平和や正義について考え始めるのに、よい入口になりますので、紹介したいと思います。

 

⑷ 正義が逆転する戦争と、逆転しない正義について

 NHKのドラマでは、主人公「たかし」の次のような言葉で、第1話が始まりました。

 「正義は逆転する。信じられないことだけど正義は簡単にひっくり返ってしまうことがある。じゃあ、決してひっくり返らない正義って何だろう。お腹をすかせて困っている人がいたら一切れのパンを届けてあげることだ。」

 ドラマの始まりの最初の主人公のこの言葉は、やなせたかしさんの人生観の中心の一つであろうと思います。「正義は逆転する」という言葉は難しく思われるかもしれませんが、やなせさんは日中戦争時に召集されて中国へ派兵されます。その戦争の体験がこのセリフの中にも込められていて、アンパンマンが生まれる原点にもなっています。

 『何のために生まれてきたの?』(やなせたかし PHP文庫)という本の中で、やなせさんは戦争と正義について次のように述べています。「(戦争に行ったら)とにかく殺人をしなくちゃいけない。殺す相手というのは、憎くも何ともないんですよ。家へ帰ればよいお父さんであったり、よい息子であったりするわけでしょう。でも、その人を殺さなくちゃいけない。相手も同じですよね。しかも、自分も殺されるかもしれない。」 「そこにはどんな目的があるのか。正義のためと言っても、爆弾が落ちれば、罪のない子どもも死んでしまう。戦争というのは、絶対にやっちゃいけないということを、骨身にしみて感じましたね。どんな理由があっても、戦争はやってはいけない。」 「戦争というのはいつも、いろいろな理屈をつけるわけです。向こうが非常に悪いから、正義のためにやるんだっていうけれど、正義の戦争なんてものはない。間違いなんです。……それぞれの立場の正義を、言い合う。言っている限りは、戦争は終わらないし、なくならないんです。」「正義っていうのは、立場が逆転するんですよ。僕らが兵隊になって向こうへ送られた時、これは正義の戦いで、中国の民衆を救わなくちゃいけないと言われたんです。ところが戦争が終わってみれば、こっちが非常に悪い奴で、侵略をしていったということになるわけでしょう。それで向こうは全部いいかというと、そんなことはない。……ようするに、戦争には真の正義というものはないんです。しかも逆転する。それならば、逆転しない正義っていうのは、いったい何か?」「困っている人、飢えている人に食べ物を差し出す行為は、立場や国に関係なく、『正しいこと』。これは絶対的な“正義”なんです。」「その飢えを助けるのがヒーローだと思って、それがアンパンマンのもとになったんですね。」

 

() アンパンマンと卒業生の正義と“For Others, With Others

 以上の引用にあるように、「“正義”の戦争というようなものはなく、人が人を殺す戦争はどんな理由があろうと、絶対にしてはいけない。戦争に真の正義はなく、絶対的な正義があるとしたら、それは飢えて困っている人に食べ物を差し出すことだ。」そう考えるやなせさんは、正義の行いについて次のように述べています。

 「アンパンマンは、自分の顔をちぎって人に食べさせる。本人も傷つくんだけれど、それによって人を助ける。そういう捨て身、献身の心なくしては正義は行えない。」(『わたしが正義について語るなら』ポプラ新書)

 六甲学院は“For Others, With Others”「他者のために、他者と共に」という教育目標を大切にしています。そのOthers-他者-とは、飢えて困っている人・弱い立場で他の人からの支えがなければ生きるすべのない人たちです。そうした人たちの存在を知り出会うために、インド募金や施設訪問、被災地訪問、海外研修などをして、自分たちに何ができるかを考える機会を作っています。やなせさんが述べようとすることと共鳴する方向性を、六甲学院は持っているように思います。

 六甲学院で教育を受けた卒業生の中には、やなせたかしさんが言う「正義」を行おうと奮闘努力している人たちが、日本国内にも海外にも多くいて、そうした卒業生と出会い、話を伺う機会を持つプログラムが数多くあります。そうした機会を持つ中で、自分はこういうことをしたい、こういう人になりたいという憧れられる人や理想像を見出すこともあると思います。そして、絶望しかねないような暗い方向に向かっている世界の中で、諦めずに具体的に正義の実現のための活動をしている人たちと出会うことが、私たちの希望にもつながると考えています。

 

(6)一滴から世の中を変える「希望」―正義の同調者の波及へ

「 これからの時代に希望はあるんでしょうか?」という問いに、93歳の時のやなせさんは次のように答えています。

 「もちろん、あると思っています。汚れた水の中に、一滴のきれいな水を入れても、なんの効果もないと思うんだけど、……一人じゃなく、10人、100人という具合に増えていけば、なんとかなっていくんです。……楽してお金をたくさん儲けようとばかり考えるんじゃなくて、自分のやっていることが世間にどういう影響を与えるか、ということを考えれば、やるべきことは自ずときまっていくと思う。そういう人が少しずつでも増えていけば、いまの世の中を変えていくことは不可能ではないと思います。」「『これはもう、ダメだ』と絶望しないで、一滴の水でも注ぐというか、そういう仕事を自分でもやっていく。そうすれば、それに同調してくれる人間が必ず出てくると思います。」(『なんのために生まれてきたの?』PHP文庫)

 

 やなせたかしさんが言う通り、真の正義を実現する生き方を、すでに選んでしている卒業生が多くいますし、また、そうした生き方を選びめざそうとする先輩たちも多くいます。それが、六甲学院の誇りでもあります。そして”For Others, With Others”(「他者のために、他者と共に生きる人」)と共に“Multiplying Agents”(「正義の波及的連鎖をもたらす人」)を育てることが、イエズス会学校の目標であり使命でもあります。

 六甲学院の一員になった新中一のみんなも、ぜひ周りの人たちの希望になるような生き方を、この6年間で身につけてもらえたらと思います。

 

(7)「何のために生まれて 何をして生きるのか」を探究すること

 アンパンマンのマーチに「なんのために生まれて なにをして生きるのか 答えられない なんて そんなの いやだ!」というセリフがあるのを知っていると思います。3~4歳の幼児でも大きな声で歌っている歌でありながら、やなせさん自身が「人生のテーマソング」「永遠の命題」と言っているように、一生をかけて答えを探すような問いです。

 答えは一人ずつ違うかもしれませんが、自分なりに「ひっくりかえらない正義」「逆転しない正義」を探すことは、答えを見つけ出すヒントになるかもしれません。また、やなせたかしさんの次のような言葉もヒントになるかもしれません。

 「人間が一番うれしいことはなんだろう?長い間、ぼくは考えてきた。そして結局、人が一番うれしいのは、人をよろこばせることだということがわかりました。実に単純なことです。人は、人がよろこんで笑う声を聞くのが一番うれしい。」

 自分ができることで、人を喜ばせたり平和な気持ちにさせる何かを見つけられたら、それが自分の幸せや生きがいにもつながるのだろうと思います。

 日々の学びや行事や活動を通して、また六甲であれば特に先輩や卒業生との出会いとかかわりの中で、同じ方向性を持つ仲間を作りながら、「何のために生まれて 何をして生きるのか」について、自分なりに希望や生きがいにつながる答えが出せるように、これからの6年間を充実した、実りあるものにしてくれれば…と願っています。

 改めて、六甲学院へのご入学、おめでとうございます。