《2023年12月23日 二学期終業式 校長式辞》
“For Others, With Others”を育てる六甲学院の体験教育
-研修旅行後の価値観の変化と生き方への影響について
(1)カンボジア研修旅行の振り返りの集いⅠ―教育の大切さについて
今年度、初めての企画として8月にカンボジア研修旅行がありました。中学3年生から高校2年生までの希望者20数名が参加ました。2学期の始業式では全校生に向けて報告会があり、9月23日・24日の文化祭での生徒のプレゼンテーションや展示も充実していて見応えがありました。先週12月16日の土曜日に、参加者が集まり研修旅行から4カ月ほどたっての振り返りの集いが行われました。現地でお世話になった44期卒業生(1987年卒)の坂野さんが一時帰国をされているので、坂野さんを招いての集いでした。カンボジアの現地で1990年代初めから紛争で荒れた国の復興に尽くされ、今もカンボジア法務省で法律作成に携われている方です。
生徒はいくつかのグループに分かれて、カンボジアを訪問し帰ってきてから、自分がどのように変わったか、価値観や物事の見方にどういう変化があったか、ということをテーマにした話し合いをしました。多くの生徒が話していたのは、日本の当たり前が決して世界の当たり前ではないこと、当然のことのように過ごしているこの日常は、とても恵まれた環境であるということです。特に日本が教育の面でどんなに恵まれた環境にあるか、カンボジアにとってどれほど教育が大切なことか、ということを実感した生徒が多くいました。カンボジアの貧しい農村地帯を訪れ、車椅子で生涯生活をせざるを得ない同世代の青年や、両親がいない中で奨学金を得て公立学校に通う生徒が、貧しく整わない環境の中でも必死に自分から勉強に励んでいる姿と出会って、自分たちがいかに恵まれた環境にいるか、そのことに感謝しないといけないし、やらされてしているような勉強から、もっと自分のうちからの動機や目標をもった勉強に変えてゆこうという思いになったことを話していました。学びたいことを学べる環境にある自分はもっとこの環境を生かして学び、勉強したくても思うようにできない人たちの環境がより良くなるように、学んで得たことを還元していかなければならないとも、話している生徒がいました。
(2)振り返りの集いⅡ―世界への関心から生活の改善・行動変容へ
また、海外に行って様々なことを見聞きし体験したことで、日本の国だけでなく世界で起こる出来事にも関心を持てるようになったという生徒や、カンボジアで様々な子どもたちと出会ったことで、色々な境遇の人たちがいることを知り、思うように学ぶ環境にない人や障がいを持つ人たちの境遇の背景にまで思いを向けられるようになったという生徒もいました。自分がどんなに小さく無力な存在であるかに気づかされると共に、一人ひとりが小さな存在でも、アンコールワットの壮大な建造物のように、何人もの人たちが集まって協力すれば、大きなことができること、そうして歴史の中で昔の人たちが築き上げつなげてきた伝統や文化を、さらに現代から未来へとつなげることの大切さに気づいたと話す生徒もいました。
また、日本に帰ってきてから生活の中でシャワーを流し続けて使うのをやめて、水を節約するようになった生徒の話を聞いて、水の貴重さについて旅行中に気づき、それを実際に行動の変化につなげている参加者がいることに心が動かされたと話してくれる生徒もいました。自分が見てきたことから何を感じ、具体的にどう行動を変えてゆけるかについて考えたいということも加えて話していました。これまではインド募金を、周りの人が出すからと当たり前のように出していたけれども、インド募金の持つ意味を考えられるようになり、その意味を実感しながら出すことができるようになってきた、と話してくれた生徒もいました。
そうした生徒の話を聞いていると、カンボジア研修旅行の参加者にとって、この研修旅行は帰ってきて終わりではなく、今もある意味で続いていて、その影響は今後も将来にわたって続いてゆくのではないか、と思わされました。
(3)坂野さんからのメッセージ-影響を与え合う仲間作りの大切さ
坂野さんからは、自分にとっては高校2年生の時に第一回インド訪問(1985年)に行って、その時に現地の人々の貧しさやハンセン病の方々の苦境に出会ったときのショックが、今のカンボジアでの活動にもつながっていること、六甲時代に互いに進路を決めるうえで大きな影響を与え合った友人の存在があったこと、その後も優れた先輩や友人・知人との出会いがあり、専門としている研究分野や活動内容は違っても、同じ方向性や価値観を共有していると、とても刺激になり励ましになること、そうした信頼できる先輩・友人・知人は色々な分野で意味のあることをしており、その出会いとつながりの輪の中で、自分のしていることの意味を確かめながら今の活動をしていること、などを話してくださいました。皆もそうした出会いやつながりを大切にしてほしいと、生徒に向けてのメッセージを伝えていただきました。
坂野さんにとって、インド訪問に参加したことが、戦乱後の荒廃したカンボジアに向かう体験の原点になったように、今回、カンボジア研修に行った生徒たちにとっては、進路を方向づける原点となるのではないかと思いますし、お互いに進路や生き方を決めるうえで影響を与え合うようなつながりが、このグループの中で生まれてくるのではないかと、今回の振り返りの集いを参観して思いました。また、普段の学校生活・委員会活動・部活動や体育祭・文化祭・研修旅行などの諸行事の中で、こうした深く掘り下げた話ができるグループ・共同体が生まれることは、目立たないとしても、とても大切な六甲学院のよさでもあると思います。
(4)私にとって初めてのインド旅行体験
私自身の若い頃に、六甲学院のインド訪問やカンボジア研修に近い体験があったかと振り返ると、やはり初めてインド旅行に行った時の体験は大きかったと思います。
フランシスコ・ザビエルの祝日12月3日の翌日の朝礼講話では、六甲学院の創立記念日がそのザビエルの祝日(命日)に当たることを伝え、今も生きていた頃の容姿を留めているザビエルの遺骸を参拝する機会が、彼の宣教拠点インドのゴアで10年に一度あること、私が六甲に赴任した1984年にゴアの教会で、その貴重な機会に偶然に巡り合ったことを話しました。ただ、六甲学院にとって大切にしたいと思うのは、亡くなった後の姿よりも、ポルトガルのリスボンからゴアに向かう一年余りの過酷な船旅の中で、気力も体力も時間もすべてを懸け費やして、次々に病気で倒れる人々を助け支え続けた姿であり生き方であることを伝えました。
そのインドへの旅行は個人的なものでしたが、おそらく44期の坂野さんにとっての高校時代のインド訪問や今回のカンボジア研修旅行に行った生徒たちの体験と似たような意味合いが、自分にとってはあったと思います。日本ではまず体験することのない世界の中の貧しさと出会ったことの衝撃が、その後の自分に影響を与え続けています。
私のインド旅行は冬休みを使っての旅でしたので、日本でクリスマスを迎えてすぐにインドに向かいました。最初にボンベイ、今のムンバイに到着し、その都市に3日間ほど滞在して、宿泊していた修道院のシスターやソーシャルワーカーに、海沿いのスラムを案内していただきました。少し強い風が吹けばつぶれてしまいそうな、また、少し大きな波が来れば飲み込まれ押し流されてしまいそうな掘立小屋の狭い空間に、子どもの多い家族が体を寄せ合うように暮らしている家々が、海岸沿いに密集していました。
海辺のスラムを案内していただく中で、シスターから“貧しさのために親が育てきれなくなって、幼い子どもが命を落としてしまう、そんな悲しい出来事が昨日もありました”と伝えられてショックを受けました。イエス・キリストの生誕を祝う想いの中で日本から旅立ち、インドに到着してすぐに、インドでは幼い子どもが貧しさのために命を失うことが度々あることを聞いて、そんな不条理な出来事をどう受け止め理解したらいいのか、この出来事に対して、自分には何ができるだろうかと、大変複雑な暗澹とした気持ちになりました。
(5)教師続行への一時的迷いとイエズス会学校としての教育の大切さ
インドに行ったのは六甲に赴任して1年目でした。インド旅行中や帰国してからしばらくは、日本で教師をし続けるよりも世界の貧しい地域で、旅先で出会ったソーシャルワーカーのような仕事をする方が、人々の役に立つ生き方になるのではないかと、思い悩んだ時期がありました。それを思いとどまったのは、今年カンボジア研修に行った生徒たちが抱いた感想と共通しています。教育の大切さを感じたからです。担当教科が国語でしたので、自分が選ぶ教材を通して人に共感する感受性を育てたり、世界へ関心を広げたりすることはできますし、社会奉仕活動を生徒と一緒にすることを通して、生徒が弱い立場の人たちに目を向け関わってゆく心を養うこともできるかもしれない、と思ったからです。自分一人が弱い立場の人たちのいる貧しい地域で働くよりも、自分も日本や世界のそういう地域と関わりつつ、そうした場所や人々のために志(こころざし)を持って何かができる若い人たちを育てることに、より大きな希望を感じたからです。
世界の理不尽な状況を少しずつでも変えて行くために、教育は一つの希望です。今回カンボジアでお世話になった坂野さんたちを含めて六甲学院の卒業生たちと出会うと、実際に社会から見捨てられがちな弱い立場の人々、貧しくて社会から排除されがちな困難を抱えている人々のために働いている人たちや、そうした人々を生み出す社会の仕組みを法律や経済や行政や科学技術などの様々な手段・方策を用いて変えていこうとしている人たちが、数多くいることが分かります。イエズス会教育の先駆者ともいえる16世紀の教育者ボニファシオ神父の「若者の教育は、世界の変革である」という言葉は、本当だと実感します。自然にそう思えることは、六甲学院にとって誇りでもあり、それが六甲学院の教師であり続けてきた自分の心の支えにもなっています。
来年度は、2018年以降コロナ禍等で実施できなかったインド訪問旅行を、6年ぶりにすることにしました。対象は今の中学3年生と高校1年生になります。イエズス会学校・六甲学院の教育モットーである“For Others, With Others(他者のために、他者と共に)” へ向かって価値観・生き方を変容させていくために、大きな影響を与える体験ができる機会の一つだと思います。ぜひ多くの生徒たちが、前向きに参加を考えてくれればと願っています。