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月別アーカイブ: 2023年4月

一学期始業式 校長講話

《2023年4月7日 一学期始業式 校長講話》

 

「天狗」の言葉と「固有の召命」

1 はじめに―朝ドラ「らんまん」の「天狗」の言葉から
新学期が始まりました。寒く長かった冬が終わり、本格的に陽気も春らしくなりました。草花や木々もそれぞれ様々な色合いの花を咲かせたり青々とした葉を茂らせたりと生命力を感じさせて、様々なものが新しい始まりを迎える季節になりました。

今週からはじまった「らんまん」というNHK連続テレビ小説のドラマを見ていましたら、5日の水曜日に次のような内容のセリフがありました。
「生まれて来んほうがよかった人は一人もおらん。いらん命は一つもない。この世に同じ命は一つもない。みんな自分の『つとめ』を持って生まれてくるのだ。おのれの心と命を燃やして、何か一つ、事をなすために生まれてくるのだ。」
ドラマの場面は、のちに植物学者になる少年槙野万太郎が、親戚のおじさんたちから「病弱なあの子は生まれてこなかった方がよかったのだ」と自分について言われているのを聞いてしまって、悲しみながら森の中の神社に行った時のことです。神社で万太郎が偶然出会った人に「自分は生まれてこなかった方がよかった」と言われたことを伝えた後に、その人が語った言葉です。5才の少年万太郎はその人が初めは神社の木の上にいましたので「天狗(てんぐ)」であると信じています。その「天狗」からは、次のような言葉が続きます。
「だれに命じられたことじゃない。己(おのれ)自身が決めてここにいるのだ。お前も大きくなったら何でもできる。望むものになれるんだ。お前の望みは何だ。何がしたいんだ。」
その後には、母親が神社に万太郎を迎えに来て、地面に咲く茎の細い小さな白い花を見つける場面が続きます。母親はその花を見つめながら「冬の間は冷たい地面の下でちゃんと根を張って、春になったら、こんなに白くてかわいらしい花を咲かせてくれる。この花はたくましい。命の力に満ちている。万太郎も同じだね。どうしてこんな花が咲くのか、不思議だね。」と万太郎に話しかけます。
ドラマは始まってから3話目の場面ですが、おそらく、この一連の万太郎に天狗だと思われている人の言葉と母親の言葉が、ドラマ全体の一貫したメッセージになってゆくのではないか、音楽でいえば基調低音のように物語の奥底で常に響くテーマになるのではないか、と思います。

 

2 各々が心と命を燃やして事をなす「つとめ」=固有の召命
この世に同じ命は一つもないし、みんな自分の「つとめ」を持って生まれてくる、というのは、そのまま、キリスト教のメッセージとも共通するものです。人間は誰もが、母親の胎内で命は宿され、10ヵ月間少しずつ大きくなってこの世に生まれてくるのですが、同時に神が一人ひとり大事に生命を与え育み、この世界に送り出した存在でもあること、そして誰もがこの世界にどうしても必要な存在、かけがえのない存在であることを信じています。また、一人ひとりに、この世界の中で果たしてほしい使命、さきほどの言葉で言えば「つとめ」があることを信じています。その、一人ひとりに与えられた使命のことを、少し日本語では硬い表現にはなるのですが、キリスト教の用語で「固有の召命」(Personal Vocation)と呼びます。
「固有の召命」とは、一人ひとりが、この世界に命あるものとして呼び招かれて、神からその人に託された、その人にしかできないような使命のことです。 先ほどの「おのれの心と命を燃やして、何か一つ、事をなすために生まれてくるのだ」という言葉の通り、この世界に自分が生まれ生きているのは、心と命を燃やして果たすべき使命が何かしら与えられているからだ、というとらえ方が、キリスト教の基本にもあります。

 

3 心の奥深くにある「望み」は何か?-「使命(召命)」を探し出す問い
そして、「固有の召命」を見つけ出すためには、自分の心の深いところにある、こういう人になりたい、こういうことをしたいという「強く深い望み」を見つめることが大切だと言われています。これについても、先ほどのセリフの中にある「お前も大きくなったら何でもできる。望むものになれるんだ。お前の望みは何だ。何がしたいんだ。」という言葉の通りです。自分の心の奥深いところにある、自分はこのようになりたい、こういうことをしたい、という望みや促しに気づくことが大切です。それがはっきりと見えてくるのは、子供のころか、中学生の時か、高校生になってからか、または大学生か、大人になってからかはわかりません。ただ、多くの場合は、自分の気づかないうちに、すでにその使命につながるような道を歩んでいます。少なくともそれにつながるような、人や出来事との出会いがあります。そして、それを自分なりに気づくためには、六甲では日常的にしている「瞑目」、静かに心を落ち着けて、自分のことを振り返り、心の中を見つめる習慣は、とても大切になってきます。

 

4 大切な人との出来事や出会い―使命に気づく原点
「らんまん」というドラマは、始まったばかりなので先は見通せないのですが、おそらく、植物学者になる万太郎にとって、天狗と信じている人物との出会いが後に大きな影響を与えるはずです。また、母親と神社で小さく可憐な白い花を見たその時が、植物学者になるうえでの原点になるでしょう。そして、どうして冬の冷たい地面から暖かい春を迎えるとこんなにきれいな花が咲くのだろう、と母と共に不思議に思ったことは、植物について知りたいという深く強い「望み」の始まりになるのではないかと思います。
誰にとっても、そうした自分の一生をかけてしたいことやする価値のあることを見つけるための、原点となる体験や使命に気づく大切な時というのは、必ずあるものだと思います。それは、静かに自分の心を深く振り返る中で気づくことができるものです。皆にとって、そうした出会いや出来事はこれから起こる場合もあるかと思いますが、自分の過去の記憶の中に、気づかないうちにすでに大切な「宝もの」のように埋まっている場合もあるでしょう。ぜひ、自分の使命・固有の召命に気づくために、沈黙の振り返りの中でそうした原点となる大切な出会いを探す機会は持つとよいと思います。

 

5 他者の幸せとつながる自分の「使命」と「瞑目」
さらにまた、その「使命」というのは、自分だけの幸せをめざすのではなく、他者の幸せにもつながるはずのものであるということが、キリスト教の基本にはあります。他者のために役立つからこそ、「使命」として受け入れ果たしてゆきたいと望む気持ちが生まれるのではないかと思います。イエズス会教育のモットーとして「For Others, With Others」をめざすのは、それぞれが果たすべき使命は一人ひとり違っても、本来的に「他者のために」という共通の方向性があるからです。そして、「他者とともに」とあるのも、お互いの役割や働きが組み合わされ協力する中でこそ、それぞれの使命も実現してゆくものだからだろうと思います。
学年の初めに当たって、自分たちが望まれて生まれてきたかけがえのない存在であること、それぞれにその人固有の使命があること、静かな沈黙の振り返りの時間を持って、その使命を探してほしいことを、まずは伝えたいと思います。また、日々ものごとの区切り目に行う「瞑目」を、心を落ち着けて次に向けての姿勢を準備するためにも、経験したものごとの意味を振り返るためにも、いつか自分の使命を見つけるためにも、大切にしてほしいと願っています。

六甲学院中学校 86期生入学式式辞 校長講話

《2023年4月7日 六甲学院中学校 86期生入学式式辞 校長講話》

 

「より広く、深く(Magis)」をめざして挑戦し成長する6年間に

 新入生の皆さん、六甲学院中学校へのご入学、おめでとうございます。
 保護者の皆様、ご子息の六甲学院へのご入学、おめでとうございます。
 3年間のコロナ感染拡大の中での小学校生活は、思い通りのことができずに、制約の多い日々を過ごしてきたのではないかと思います。様々な不安や辛い思いを日常的に経験しながらも、中学入試に向けて勉強してきた皆の頑張りは、それだけで十分意味のあることですしほめられるべきことです。こうして合格できたことを、改めて祝福したいと思います。
 六甲学院にとっても、このコロナ禍の3年間は授業も学校の日常生活も行事も、思い通りにはできないことが多くありました。しかし、この春休みの様子を見ると、宿泊行事を含めて、ほぼ予定していた行事をすることができました。泊りがけの行事としてどのようなことを皆さんの先輩たちは経験してきたのかを皆さんに伝えることが、六甲学院の活動の一端を知ってもらうことにもなりますし、その特徴を紹介することにもなると思いますので、希望者が参加した幾つかの行事について話したいと思います。

 1つめは、ニューヨーク研修旅行です。2013年から春休みに行われていたものですが、コロナ禍で2020年から行くことができなくなっていた海外研修プログラムを、今年は行うことができました。参加者は高校生18名です。ニュ―ヨークにあるイエズス会姉妹校や六甲学院の卒業生が勤めている会社を訪問して交流したり、美術館や大学や国連を見学したりします。姉妹校訪問では授業に参加したり英語で日本文化や六甲学院について紹介したりする機会もあります。姉妹校フォーダム高校の生徒とは貧しさに苦しむ人々の多い地域の福祉施設に行きました。セントピーター高校の生徒とは2001年に同時多発テロのあった地区に行き、倒壊したツインタワーの敷地の隣に新たに建てられた超高層ビル「フィリーダムタワー」のワンワールド展望台にも登ったそうです。姉妹校の生徒との交流を楽しみつつ、繁栄の陰で苦しんでいる人たちのいる格差社会の問題や複雑な国際関係の中での平和構築の課題について、海外の姉妹校の生徒たちと共有し考える機会を持つことができました。またニューヨークにいる卒業生たちも、勤めている職場に生徒を招き、学生生活や進路について考え新たな気づきを与えるワークショップ・プログラムを、後輩である生徒たちにしてくれたと聞いています。

 2つめは広島への「巡礼黙想」です。六甲学院には、自由参加ではあるのですが、学校の基礎となる精神をより深く知るためにキリスト教、カトリックの教えについて、毎週1回昼休みに学ぶカトリック研究会があります。私たちは略して「カト研」と呼んでいます。春休みの初めの3日間は「巡礼黙想期間」で、これまでは九州の長崎や島根県の津和野などに行ってきたのですが、今年は5学年のうち中2から高2までの4学年が、広島に行きました。六甲学院の創立母体であるイエズス会の修道院や教会に寝泊まりしながら、広島の街を歩きます。
広島は皆も知っているとおり、第二次世界大戦で原爆による大きな被害を受けた街です。それと共にあまり知られてはいないことかも知れませんが、広島が原爆投下の街として選ばれた要因には、アジアに軍隊を送るにあたっての、軍事拠点であった面があります。その両面を現地を訪れながら学びつつ、平和について考え、振り返り、祈る機会を持った学年がありました。また、広島の郊外の長束という所にある修道院のお聖堂で、六甲の6代目の校長先生だった清水神父様からお話を伺い、これまでの歩みを振り返りこれから進む路や生き方について考えながら、静かに黙想の時を過ごした学年もありました。そして、広島には広島学院という姉妹校が、六甲学院と同じように街を見渡せる丘の上に立っており、それぞれの学年が学校を訪問し、同じ学年の広島学院の生徒たちと楽しく過ごし親睦を深めるひと時も持ちました。

 3つめとして、六甲学院と同じイエズス会設立の上智大学と連携した2つのプログラムを行いました。1つは、東京の真ん中にある四ツ谷キャンパスで行われたSDGsアイデァソンというプログラムで、六甲学院から9名が参加しました。もう1つは神奈川県の秦野キャンパスで行われたISLFというリーダーシップ研修プログラムで、六甲学院から11名が参加しました。両方とも、日本のイエズス会学校の4校(栄光学園、六甲学院、広島学院、上智福岡)の生徒たちが集まって、学校の垣根を越えたグループを作り、大学生・大学院生たちが進行役になってプログラムが進められました。
 SDGsアイディアソンでは、この世界の環境問題や貧困の問題についての解決策のアイディアを考え合い、発表します。SDGsについては聞いたことはあると思います。国連が提唱する、世界の持続可能な開発のために達成すべき17項目の地球的課題です。環境問題にしても教育や衛生や男女間の平等の問題にしても、より弱く貧しく社会から仲間はずれにされがちな人たちが、ますます苦しむ世界の仕組みになっていることに気づき、そういう人たちがより安全で幸せに暮らせる世界に変えて行くためにはどうしたらいいのか、身近な生活の場からの解決策を、姉妹校の生徒たちと楽しみながらユニークなアイディアを考案し分かち合う機会になったようです。
リーダー研修プログラムでは、「共に生きよう」をテーマに東ティモールからの留学生や大学生・神学生の話を聞きつつ、グループに分かれて自分たちの学校生活での経験や思いを話し聞き合いました、その過程で、姉妹校4校の参加者は、イエズス会学校として共通の方向性を持っているという自覚も深まり、急速に親密になったそうです。自分と周りの人たちとの関わりを振り返る中で、様々な気づきを得て、視野を広げる貴重な機会になりました。プログラムの企画や進行役の中心には、20才台前半の3名の六甲学院の卒業生がいて、六甲学院からの参加者も各グループのリーダー役として活躍していたと聞いています。

 紹介したニューヨーク研修旅行、カト研巡礼黙想プログラム、上智大学と連携したプログラムの3つに共通しているのは、イエズス会学校として日本でも世界でも、姉妹校のネットワークがあり、ともに世界をよりよくするために、より深く考え合う「学び」の機会があることです。また、卒業してから学生や社会人として活躍する卒業生たちの姿と出会い交流することができる点でも共通しています。

 全世界のイエズス会学校では、この世界により大きく視野を広げてより深く学び考えるという、「よりもっと広く、深く」をめざす精神を、「Magisマジス」と呼んでいます。この国際的な幅広いネットワークがあることと、深い「学び」をする機会が日常の授業でも学校行事でもあることが、六甲教育・イエズス会教育の特徴でありよさの一つであると言ってよいと思います。そして、学びに深みを与えるのが、すでに入学オリエンテーションで始めている「瞑目」です。これから日々することになる「瞑目」と、経験と学びを「振り返る」時間をていねいに大切にしてください。六甲学院には、学内のクラブ活動や委員会活動ももちろんですが、生徒たちの様々な課外活動を通しての豊かな体験の機会があります。この6年間、自分が関心をもつプログラムがあれば積極的に参加の機会をとらえて、様々なことに挑戦し、成長してくれれば、と願っています。